レインボーメリーゴーランド

イエロー、ピンク、オレンジ、パープル、グリーン、ネオンがぐるぐるまわる。気分がよかった。ダクトから吹き出す脂の煙、靴底のぬめり、かろうじて生きている骨と皮の手首。遠くから悲鳴のBGMが流れて、悪趣味なアトラクションだがこれがこの街の常だ。ダストボックスは半開きで逆さまに突っ込まれてる奴の足がはみ出している。行儀が悪いからちゃんと畳んでやろうかと思ったけど、斜めになった蓋の上で猫が寝ていたからそっとしておいた。可愛い猫ちゃん。ネオンで彩られたピンクに黒ぶち。緑色の缶を煽るとことさらにグルンと目がまわって右足がヘドロを踏んだ。曲がり角の向こうで派手にガラスが割れる音がして、せっかく気持ち良さそうにしていた猫が飛び起きてしまった。しゃーない、あの足をやっぱり畳んでやろう。三本だか四本だかに見える革靴をつかもうとして距離感がつかめず空振り。
「なんで酔ってんの」
ポケットにいれてた方の腕を弟がつかんで危うく転びそうだったところを引き戻される。
なんでって。わからない。薄いアルコールは喉を潤すことすらできないのに。
「飲む?」
ちゃぷちゃぷと缶を揺らしてやるといらないと返された。真面目だ。もう仕事は終わったんだから、付き合えばいいのにな。素面で事務所まで帰れるお前の人間性が信じられないわ。ポケットの中にはさっきニンゲンの頭を吹き飛ばしたものが入っていて、ほとんどはペイント弾が入っている。仕事といったって、半分は遊びのようなものだ。ルールは簡単、子どもでもできる。かわりばんこに引き金を引く。外れたらバーン。どうせ終わる人生なら、最後くらいド派手な色にまみれて散ろうぜ。俺か弟がバーンになればめでたく生き延びることだってできる。ルールを説明するとき実際に見せてやったからTシャツが無秩序に塗ったくられてしまった。まぁそういうデザインに見えないこともない。
「重いんだから、歩ける程度にしろよ」
一応仕事モードは解除しているらしくネクタイはさっさと帰宅している。黒いワイシャツには染みひとつない。今日も最初でバーンだったから。お天道様はちゃあんと日頃の行いを見ていて、大概一発目でサヨナラできるようにしてくれている。ありがたいことだ。感謝は炭酸で胃に流し込む。
「歩けるにきまってんだろぉ」
一歩踏み出した途端に踵が滑る。足場が悪い。猫がどいたどころに手をつくと重みで蓋が押し込まれて、はみ出ていた足がおかしな方向に曲がった気がした。弟の舌打ちが聞こえる。昔っからこいつの舌打ちは驚くほどよく響く。べろの形が綺麗なのかもしれない。
「なぁキスして」
死臭のするゴミ箱にもたれて缶のビールごと腕を伸ばす。すぐに引っ張られて、歯が当たって、痛ぇと言う暇もなく後頭部がさっきの猫のいた場所に叩きつけられた。白く規則正しく並んだ歯の間からぬるついてざらついた生身が這い出てきて、唾液が混ざる。酒臭いって口の中で言われている。呼気を吹き付けるように息を吐いてやったら舌を噛まれた。がぶりと。
「痛い痛い痛い」
「うるさいよ酔っぱらい」
「なぁトイレどこ」
「事務所に帰ればある」
「せっかく気分がいいんだからよ〜、寄り道するだろ〜」
青筋立てていてもキスしてくれるのは、そうしないと動かないって知ってるからだ。俺の方が重いし。一応連れて帰らないと、大事な跡取りだし。かわいそうな役回りの弟が怒ってると愉快になってしまう。それは正直に顔に出ていたらしく、さっきより大きな音で舌を打った弟がつかみかかってきた。あっという間にダストボックスの蓋とコンニチハだ。右手にまだビール、左手はポケットのままなもんだから、乳首がシャツ越しに擦れた。雑にチャックを下ろされてちんこを取り出される。うひゃひゃって裏返った声で笑った。
「ひっ、おいおい、外ですんの、あっ、あうん」
「うるさいさっさと出せよ」
この手に擦られるとひとたまりもない。あっという間に勃起して血管が浮く。優しさのひとかけらもない扱き方に腰が蕩ける。下腹を押さえられて、想像していたのと違う感覚に襲われて。猫みたいな気の抜けた声が涎と垂れる。待てって、トイレどこって聞いたけどよ。缶を取り上げた弟は飲み口をちんこの先っぽに引っ付けた。嫌だって口にしても止まらない。鋭利なアルミが鈴口をくすぐってヒヤッとする。大事なところ千切れたらどうするんだよ。そう思うとおかしくなって左手を出した。
「な、っあ、やる?」
「いいけど。それ、まだ残ってるから、兄さん当たるんじゃない」
バーン。弟の声が耳たぶを震わせる。ちんこ丸出しで脳みそも飛び出た巨体がそこの足の男とお友だちになってしまう。待てよ男とは限らない。革靴とスラックスの感じからして、野郎だとは思うけど。ヒヤヒヤすると余計に勃った。
でもきっと当たらない。俺と弟はいつも当たらない。一番下の弟は四年前に当たった。初仕事だった。妹も姉も、別の弟も。お天道様はぜんぜん見ちゃいない。三回目くらいで当たったのもいて、紫色の脳みそは思っていたほど派手でも可愛くもないことを知った。
親指でてっぺんをグリグリされて腰が跳ねる。狙いが定まらなくて、もしかしたら当たるかもしれない。さっき見送ったばかりの虚ろな目。
「へんな、かおっ、して死、んだなアイツ、ははっ」
「そうだね。兄さんも変な顔だったよ」
「へっ?」
「兄さんが死んだとき。ピースしてた。最悪」
尿意と射精感で腹がかきまわされている。なんだっけ?俺が死んだとき。うまく考えられない。湿った音が往復している。
「アンタはだれ?天元」
缶の中で踊る水音にも刺激され、括れをごしごし擦られたら完敗だった。
「ぁっ――――」
下品な音は当然飲み口におさまるわけもなく、弟の手と俺のボトムを濡らしながら地に落ちてヘドロと混ざる。そんなに飲んだっけというほどに止まらない。膝が笑っている。ピンク、イエロー、オレンジ……頭上のネオンが足元でまわる。満タンになった缶はあっけなく捨てられて、じょろろっとダストボックスにかかった。向こうの方からも誰かの喘ぎ声が聞こえている。留まることなくまた茎をいじられて、へこへこ腰が揺れる。
「だめ、だめ、でるっ」
靴の中で爪先に力が入って、しっこが止まりきる前にザーメンが出た。ぞくぞくぞくと吐き出した快感が背中を這い上がる。あー、あー、とあほみたいな声を垂れ流しながら全部出しきって、天にも昇る心地。
「で?やる?」
俺の手を包んだ弟が米神にそれを押し付ける。アンモニアの臭い。生きてるんだか死んでるんだかわかりにくい臭いだ。まぁいいか。死んでるなら。自分は何人目の天元だったか、思い出そうとすると違うシーンばかりが流れる。いつもだ。一番下の弟は暴発で死んだ。手入れが下手だったから。妹と姉が当たったものは、俺が込めた弾だった。俺と弟はいつも当たらない。当ててほしかった。いつの間にか例の足をつかんでいた。よく見るとかなり大きな足だ。ヘドロにまみれたスニーカーと同じサイズの。次は当たるかもしれない。
ニャーン。
猫が片足に懐いていた。なんで戻ってきたんだろう。この蓋の上がよほど気に入ってたのか。
「猫が驚くから」
そう言うと弟はそれを元あったところにしまった。排泄も射精もおわったものがチャックの間でしおしおとうなだれている。最悪だ、せっかくいい気分だったのに。濡れた服が気持ち悪い。せっかくお洒落にリメイクしたシャツも。
どうあがいたって、俺と弟は当たらない。当たらなかった。
「お前、きらい」
「へぇ偶然、俺もだよ」
「じゃあキスして」
イエロー、ピンク、オレンジ、パープル、グリーン。蛍光色のネオンだけがまわっている。弟の唇に乗ったままの唾液が反射して、虹でもかかっているみたいに見えた。