前夜祭

おまえは踊れるのか。踊ったなんて経験が、あるのか。
手を取られて一歩踏み出したとき、触れた指先から生まれた純粋な驚きはスモーカーにステップを踏ませた。
それはつまづいたような、片足だけつっかかったようなもので、それでも海賊は笑って、手を引いた巨体を見えない曲に乗せた。
「祭りのときは踊るものだぜ」
スモーカーが踏み出しすぎてしまった右足を避けるように、左足をとっと下げ、トラファルガー・ローは体の重みを繋いだ手に委ねた。
帽子の下からのぞく頬は赤らんでいて、つまり酔っ払いというわけだ。引っ張られるままにしていると海賊と一緒に倒れ込んでしまいそうになるのを、仕方なくこちらへ引いてバランスを取る。任務終わりの港は夜の静けさに満たされ、背後の町ではいつもの営みがそっと目を閉じようとしていた。花火があがるような催しも、屋台が並ぶようなフェスティバルも、そこにはない。
「海賊ってぇのは好きなときに酔っぱらって呑気なもんだな」
こちらが残務処理に追われている間に、という皮肉はアルコール臭で返される。
「そうだろう。おれたちは好きなときに酔っぱらうことができる」
引っ張り合う反動で左へまわる男に振り回される。三拍子か四拍子かもわからない、滅茶苦茶なステップ。ホールを踏む気位の高い音など鳴るはずもなく、細かな砂を挟んだ海賊のブーツと、底の厚いスモーカーのそれが投げやりに地を擦る音が黒い海に響く。
「どうせなら、踊ってる方がいいだろ」
スモーカーにはまるでわからない。報酬の取り決めが無事にまとまって上機嫌なのだろうか。小さな嫌味は沸いてくるものの、不思議なほど腹立たしく思わないのは、ひとつの事件が終わった安堵もあってのことだろう。この男と同じく。
あとになって思い返せば、いかんともしがたい顔色を、赤で上塗りしていただけかもしれない。あるいは無理矢理眠るための。
繋いだ手がすべりそうで、握り直すか思案するころ、暗闇の中からぽつぽつと小さな明かりが迎えに来ていた。近づくほどに黄色く、視界がうるさくなる。迎えに浮ついていただけか。
テンポのわからないダンスに巻き込まれ、海賊の気のすむまで回り続けたあと、煙になってもいないのに、足元が浮かび上がるような感覚が残っていた。祭りの明かりに溶けていくように、巣へ帰った男はそれきり姿をくらましている。
白むほど重みをかけられた指先は、血液がひとりでに踊り続けている。